stone instruments 石の音

金山の研究報告

                                                                                       香川大学経済学部教授・丹羽佑一


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金山は香川県坂出市の市街地の東南辺を画するサヌカイトの山である。サヌカイトは旧石器時代から弥生時代まで打製の石器に利用された非常に硬い黒い石であり、叩くとよい音がして地元ではカンカン石と呼んでいる。讃岐岩と訳されるほどに香川では各地から産出するが、2大産地がこの金山とその東方の五色台である。県外では佐賀県多久・老松山、広島県冠山、奈良県二上山と限られている。サヌカイトも他の石器石材と同様に産地が限られ、その入手に先史時代人を悩ませたものと思われる。

目的

金山での石器の生産活動はすこぶる奇妙である。旧石器時代では、東隣の五色台と比べて石器製作が極めて低調であるにもかかわらず、縄文時代に至ると逆転し、しかも金山のサヌカイトが他の産地石材に抜きんでて広範囲に流通する。この原因は何か。これを明らかにするのが、金山研究の的である。

方法

 旧石器時代と縄文時代の金山のサヌカイト利用の変化の原因は、石器製作技法、石質、その組み合わせ、流通、推測が及ばない何か、が想定されるが、それを石材の物理的性質の解析、金山の発掘調査の出土遺物によって検証する。金山産サヌカイトの石器製作の情報はこれまで消費地と、金山の地表面の遺物分布調査によるものであり、本格的な発掘調査で、あるいは従来の見解が覆ることもありうる。金山の調査区域は前田氏の所有であり、また、社団法人「香川県資源研究所」の建物があり、調査の承認、土地の供与、人的支援等々をいただく。

調査1

 2006年度に分布調査を行う。山稜を除く全山の地表面を風化の極めて軽い加工サヌカイト群が覆う。最近に全域で弥生時代の技術でサヌカイトの加工が行なわれたというのであろうか? 最近に全山で二次的な堆積が起こったというのであろうか?
 一体この山はなんなのか!南部でかく乱を受けた地層から旧石器を見つける。金山出土の初めての旧石器である。

調査2

2007年度は東部、標高100mから110mあたりに3m四方のトレンチを設け、発掘する。樹木のないところを選んだからか、掘っても掘ってもサヌカイトである。地表下約3mに至る。山丘では土壌の堆積は弱いから、本来ならすでに有史前に至っている。しかし加工痕をもつサヌカイトが出る。大きなくぼ地を掘ったらしい。深くに縄文時代の技術、地表に弥生時代半ばの技術が認められる。土壌の形成の暇もなく絶えずサヌカイトが流れ込み現在に至ったらしい。地表面は弥生時代とほとんど変わらないものであった!金山は2000年前の弥生時代の森を伝えている。
  
旧石器時代、瀬戸内海はなく、塩飽山地の尾根筋にしたがって人々は金山に来た。2万年後、その道は瀬戸大橋となって復活した。


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蛇おい(夏には石の間にまむしがいるという地元の忠告にしたがって)
表層部の石は大きく、一点ごとに水平、垂直の位置を測る。位置情報は活動の復元、堆積の復元に欠かせない。


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表層部最下位の石(上から3石目)が頭をだしたところ。
3石目は小さくなったので、50cm方眼で一括して位置を測る。高さは中心の石で測る


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隅の方眼でハンマーを検出する。大きなサヌカイトを打割るもので、表層部で石器石材の生産の行われたことを示す重要な資料である

 
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左 4石目の検出状態。石はさらに小型になる。
右 5石目に到る。


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左 7石目に至る。壁の石が崩落するので階段状に掘る。石はさらに小型になり、すでに4石目から群で取り上げる。 右 地表面から約3m、12石目に至る。上部と同種の石層はなお続き、旧石器時代堆積層は見えない。トレンチ壁の崩落激しく、この深度で調査を中断する。


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整理作業:出土した石群を加工痕のあるものと、無いものとにわけている。加工痕のある石を実測している。金山の発掘調査出土品の整理作業は現地の社団法人「香川県資源研究所」の敷地で行われる。発掘とその出土品の整理が併行して行われるのが調査の理想である。なお、出土品の管理においても同研究所の協力を得ている。2008年度は、社団法人「香川県資源研究所」の協力を得ながら、さらに調査を展開し、同研究所の研究テーマである「サヌカイト製楽器」「サヌカイト製石器」の結びつきを探り、石器時代から現在迄続く、地域交流を「資源」と認識し、学問のみならず観光・産業へと発展させたい。