stone instruments 石の音

シリーズ サヌカイト 1997

朽津信明(国際文化財保存修復協力センター主任研究員)


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 「香川県ならではのもの――他ではちょっと見られないような香川県の名物といえば何ですか?」と言う質問をしたら、皆さんは何と答えて下さるであろうか。おそらくは、「瀬戸大橋」、「讃岐うどん」。「金毘羅さん」と言った答えが返ってくることであろう。ちなみに同様の質問を、私の所属する東大の地質学教室でしてみたところ、上記の3つ以外にもう一つ「サヌカイト」と言う答えが結構多く挙がっていた。いかにも地質学教室らしい答えだと、自分もその一員ながら苦笑したものだが、逆に言えばそれだけ岩石の専門家にとってはサヌカイトと言うものの印象が強いのであるということがお分かりいただけるであろう。

 このサヌカイトという岩石、たたくと非常によい音がするのでカンカン石と呼ばれ親しまれている。どうも地元ではこの名前の方が通りがよいようで、サヌカイトと聞いてピンとこなくてもカンカン石と聞けば思い当たるという方も多いであろう。実際この石を叩くときの美しい音色というのは楽器としても使われており、国分寺の宮脇馨子氏はサヌカイトの石を並べて石琴という楽器を作っておられるし、坂出の前田仁氏はサヌカイトを加工して様々な楽器の製作を続けておられる。

 響きのいい石というのは岩石学の方でも古くから注目を集め、今から100年以上も前にすでに、あのナウマン象でおなじみのナウマン教授がドイツの学術誌に「日本の讃岐地方には、カンカン鳴り響く石がある。」ということを記載している。このナウマン氏からサンプルを譲り受けたワインシェンク氏は、その「カンカン鳴る石」が岩石学的にもこれまでにない珍しいタイプの安山岩であることを指摘し、1891年にその石を『サヌカイト(=讃岐の石の意)』と名付けた。これが学名サヌカイトの誕生であり、この名称は今でも国際的に通用する学術名となっている。

 ちょっと専門的な話になるが、ワインシェンクス氏はなぜサヌカイトのことをそんなに珍しい岩石だと語ったのを考えてみよう。普通も安山岩を顕微鏡でみてみると、大きな結晶(斑晶)と小さな結晶(石基)の2種類がはっきり区別して見られる。これに対しサヌカイトでは、斑晶はほとんど見あたらず石基ばかりから成り立っている。これは、サヌカイトが特に急冷されて出来たことを物語っており、サヌカイトの特異性はそこにあるといえる。また、あまりに急冷されすぎて結晶として晶出できずに固まってしまったガラスの部分が多いのも、サヌカイトの特徴の1つである。

 ところで、サヌカイトが石基ばかりで粒度がよく揃っているというのは、実は非常に意味のあることなのである。と言うのは、大小バラバラの結晶があるよりも粒度が揃っている方が、音の振動は吸収されにくいだろうと考えられるからである。また、石基がかなり一定の方向性をもって並んでいるというのも音が響きやすい理由であろうし、ガラス質であって緻密だというのも鳴りのよい理由の1つであろう。つまり、ワインシェンク氏を驚かせたサヌカイトの岩石学的な性質というのは、それがそのままサヌカイトがカンカンといい音で鳴り響く理由につながっているのである。

 また、ガラス質で緻密であるという性質によってサヌカイトは、割ってやったときの割れ方にも特徴を示し、非常に鋭利な割れ口を示して割れる性質がある。この鋭利な割れ口に注目した古代人たちは、これを石器として幅広く利用していた。香川県下でも、国分台を始め各地で今から1万年以上も昔の旧石器時代の遺跡が多数知られている。そしてこのサヌカイトの石器は、以後弥生時代に至るまでずっと我々の祖先たちによって使われていたのである。

 このように、岩石学的に注目されていた学名に香川県の名前の使われている『サヌカイト』は、同時に音楽的にも、そして考古学的にも非常に価値の高いものであることがお分かりいただけたであろう。さてそこで皆さん、この次に「香川県の名物は?」と訪ねられたら、是非自信をもって即座に「サヌカイトです!」と答えていただきたいと思うのであるが、如何なものであろうか。


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第2回 サヌカイト形成の秘密

 「風が吹けば桶屋が儲かる」と言う言葉がある。どうも我々地質学者の研究では、この「風が吹いて桶屋が儲かる式」の論理が非常に多いように思えてならない。今回はシリーズ2回目ということでサヌカイト形成のモデルについてお話するのだが、「風が吹いてから桶屋が儲かるまでの過程」をはたしてご理解いただけるものかどうか。

 前回、サヌカイトというのは讃岐の石という意味であって、それが国際的にも通用する学術名であることを述べた。それを聞いて喜んで誇りに思って下さった方にはちょっと申し訳ないのだが、実はサヌカイトに類似する岩石というのは何も香川県だけにしか存在しないと言うわけではないのである。具体的には、大阪の二上山などでもサヌカイトによく似た岩石が存在することはよく知られた話である。そこで、サヌカイトという言葉よりももっと広い意味で、サヌキトイドという岩石名を使うことがある。これは、サヌカイトも含めてサヌカイトに類似した岩石の総称である。こうしてやると、香川県下の安山岩の大部分はサヌキトイドということになり、また二上山のものもサヌキトイドということになる。にそのサヌキトイドの日本における分布を示してある。

 こうして見てみるとサヌキトイドというのは、西南日本のカウチに点々と帯状に分布していることが分かる。また、その時代につて、香川県下のサヌカイトは焼く1300万年前に形成した溶岩なのだが、それ以外の各地のサヌキトイドについてもみんな、1400万年前から1200万年前の間に集中して形成しているのである。これは、地球の歴史が46億年もあるのにたいして後にも先にもそのときだけとうのであるから、ほとんど一瞬にしてみんなほぼ同時に活動したといえるものである。

 もう1つサヌキトイドの特異性は、その化学組成についてである。サヌキトイドは、だいたいにおいては普通の安山岩と大差ない組成を示すのであるが、ただ1つマグネシウムについては極端に高い含有量を示すのである。このためサヌキトイドは、学会では高マグネシア安山岩と呼ばれてその点でも注目されている。ちなみに坂出市の神谷というところのサヌキトイドは、高マグネしア安山岩の国際的標準試料になっている。そのいみでは、香川県の名物がもう1つ増えたことになろう。

 ところで、サヌキトイドのこの化学組成の特異性の謎は、すでに室内実験によって解き明かされている。すなわち、マントルの物質に水が混ざって溶解するとサヌキトイドの組成のマグマが形成するということが知られている。つまり、逆にいまサヌキトイドがあるのであるから、かつてなんらかの事情があってマントルに水が供給されたことがあるということになろう。

 サヌキトイドが形成するほんの少し前の今から1500万年ほど昔には、日本海の拡大が起きたことが知られている。日本列島は昔は中国大陸とくっついていたのが、ある時に日本海が開くことによって今のように離れてきたのだということを耳にしたことがある方も多いと思うが、それが起きたのがこの時期なのである。すると、日本列島は太平洋の方に向かって移動し、水をいっぱい含んだ海の堆積物の上にのしあげていったと思われる。そうするとその水を含む堆積物はどんどん下に沈み込み、やがてはマントル物質に水が供給されたであろう。その結果サヌキトイドのマグマが形成され、西南日本の各地に帯状にしかもほとんど同時にサヌキトイドが形成されたと考えられるのである。

 以上を一言でまとめると、「日本海が開いてサヌキトイドができた」という結論になる。さて、このほとんど「風が吹いて桶屋が儲かった」と言っているような物語、途中の過程をお分かりいただけましたでしょうか?


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第3回 サヌカイトとボーキサイト

 今年の3月10日付の四国新聞に、「カンカン石の山にロマン」という見出しで載った記事を御記憶の方はいらっしゃるであろうか。これは坂出市の金山に、にほんでは他に例がない程高品質のボーキサイトがあることを言った記事である。ちなみに誤解のないように申し上げておくが、これは何も私が始めて発見したわけでもなんでもなく、記事の何もあったように戦争中にすでに金山のボーキサイトは知られていて、わずかながら採掘されたこともあるのである。従って私のやったことは単にその価値の再認識と言ったものに過ぎないわけなのだが、それはされおきとにかく今回はそのボーキサイトのお話をしてみよう。

 ボーキサイトというものをそもそも知らないという方もいらっしゃるであろう。ボーキサイトというのはアルミニウムの原鉱石のことである。今はどうなっているのやら最新の情報は知らないが、少なくとも10年ほど前までは、日本のボーキサイトは99%以上を輸入に頼っていると社会科の時間に習った記憶がある。おそらく変わっているとは思われず、要するに日本ではほとんど採れない鉱石なのである。

 このボーキサイト、それではどうしたらできるのかと言うと、岩石が風化した時にできるのである。とは言っても別に岩石が風化すればすぐにボーキサイトになってしまうわけではなく、高温多湿の気候条件の下で長い時間風化を受けて初めて形成し得るものなのである。従って、現在ボーキサイトが豊富に産出するのがインドネシアなどの熱帯地域に限られるのは当り前の話であり、また逆に温帯に属する我が日本にはほとんどないというのも十分に納得できる話であろう。しかるに最初にも書いたように、坂出市の金山では、外国産のボーキサイトにもひけをとらないような高品質のボーキサイトが確認されたので、注目されると言うわけなのである。

 と、ここまでの話はボーキサイトのことばっかりで、サヌカイトの話が全く出てこないではないかとお思いの方もいらっしゃるかも知れないが、ところがどっこいこの話はサヌカイトに関係大有りなのである。ボーキサイトはサヌカイトが風化して形成したものなのである。

 金山以外でも、一般に五色台周辺のサヌカイトあるいはサヌキトイドは強く風化を受けている。五色台に足を運んだことのある方は妙に赤い土が随所に見られたのをご記憶ではないだろうか。この赤い土は別に関東ローム層のような火山灰ではなく、生まれたときはカチンカチンのサヌキトイドだったものが風化して出来たものなのである。残念ながら大部分はボーキサイトまで至っていないのでさほどの価値はないのだが、風化の力の偉大さは十分に実感できるであろう。そしてこういった赤い土は、今から1300万年もの昔のサヌカイトの形成した当時に風化を受けてできたいわば「化石土壌」とでも言うべきものであることが、調査によって分かってきた。

 さてそれでは、サヌカイトが形成した頃と言うのはどういう時代だったかをちょっと思い出していただきたい。日本海の拡大に伴って、サヌキトイドの巻く間ができたという物語は前回に述べたと通りである。一方、日本海が拡大する事によって暖流が日本海に流れ込み、当時日本中に極めて温暖な気候が広がっていたことも知られている。同時代の地層からマングローブの化石も見つかっていると言うのであるから、よほどの機構だったのだろう。つまり、この温暖な気候の下でたまたま風化を受けたために、金山では高品質のボーキサイトが形成し得たのであろうと言う事になる。

 人類の歴史が高々数百万年と言うのだから、それをはるかに越えた太古の物語。まさに「カンカン石の山にロマン」といったところである。


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第4回 サヌカイトの戸籍調べ

 地球を研究対象とする我々地質学者は、調査の際に現地でサンプル採集をし、それを研究室に持って帰ってから検討をする。私のサンプル置き場にも香川県下で採集したサヌカイトが山積みされ、千個にも達する勢いである。このサンプルの山を見ながらふと思ったのであるが、あと何千年かしてこのサンプルが見つかったら未来の研究者はどう思うのだろうか。まさか東京でサヌカイトが採れると勘違いしたりはしないだろうか。じつはこうした状況には、現在の我々も巡り合っているのである。というのは、サヌカイトが石器として今から1万年以上も前から使われていたことは既に述べた通りだが、このサヌカイト製の石器と言うのは香川県以外でも各地の遺跡で見られるのである。それはそのサヌカイト製の石器、どうして香川県のサヌカイトを使ったものだと分かるのであろうか。今回はそういった石器の原産地推定法の話をすることにする。

 石器の原産地を推定するには、化学分析が最も多くなされている。これは、石器の化学組成を分析してやり、いろいろな原産地の原石の化学組成と比較してやって一致するかどうかで原産地の推定をしてやる方法である。言うまでもなく、化学組成が類似していればその原産地の石を使ったのだと考え、違っていればそうでないと考えるのである。同じサヌカイトなのだからどこのサヌカイトだって化学組成は同じじゃないかと思いきや、微量元素まできちんと分析してやるとかなり場所によっての違いが現れるのである。ちなみに京都大学の東村・藁科両氏のご研究では、香川県下のサヌカイトの原産地を国分寺、蓮光寺、白峰、法印谷、金山西、金山東、五色台、の7箇所に分類されておられる。

 ところで、石器を化学分析するときに注意しなければならないのは、遺物というのは文化財であり破壊が絶対に許されないと言う点である。普通化学分析をするときは、その分析したサンプルは破壊してしまうので分析後には何も残らないものなのであるが、この場合はそれでは困るのである。そこで石器の化学分析には、蛍光X線分析が使われることが多い。これは、石器にそのままX線を当てて出てくるスペクトルから化学組成を分析する方法で、非破壊のまま化学分析ができるのである。どうも我々のような岩石の成分が専門の人間にとっては、こういった非破壊分析法というのは精度が落ちるのでいま1つ信用できないと思ってしまうのであるが、この場合は別に石器の厳密な化学分析が目的ではなくあくまでも原産地推定が目的なのであるから、石器と原石と同じ方法で分析してやって比較する分には問題はないであろう。

 このようにして、各地の遺跡で出土したサヌカイト製の石器の原産地推定が行われている。東村・藁科両氏のご研究によると、香川県下の金山や五色台産のサヌカイトは四国ばかりなく中国や近畿地方でも石器として出土していると言う。特に金山さんのサヌカイトに至っては、縄文時代には遠く浜松市にまで伝わっていると言い、定紋中期以降では中国近畿地方の石器の大部分が金山亜産サヌカイトであると言うのだから驚きである。また、五色台のサヌカイトと金山のサヌカイトとは時代によって使い分けがなされていたようで、旧石器時代には五色台のものの方が多く使われるようになっていく傾向が各地でみられるということも指摘されている。こういったデータのもつ意味というのは、今後考古学的に検討を重ねて明らかにされていくべきものであるが、とにかくこの石器の原産地推定法というのは自然科学的手法が考古学の発展に大きく貢献した一例として位置づけられよう。

 ところで最初にご説明した私のサンプル置き場に山積みしたサヌカイトのサンプルの中には、すでにどこでとってきたサンプルなのか分からなくなってしまったものがあるのである。蛍光X線分析法によってどこの崖のどの武部で採集したものであるかまで分かるようになってくれればありがたいのだが、さすがにそれは無理な相談であろうか。


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第5回 サヌカイト・1300万年目の危機

 一昨年1年間にわたってNHKで放映された『地球大紀行』と言う番組の最終回で、「太陽系第3惑星・46億年目の危機」と言うタイトルがあった。これは、誕生してから46億年もの歳月が流れているこの地球上で、人類の手によって自然が次々に破壊されていくことで地球がいま聞きに瀕していると言う事を訴え、警告したものであった。もちろん今回のタイトルはそれからの引用である。ここでは、地球規模の話までするつもりはないが、このシリーズの最終回と言うことでこの機会に自然保護や文化財保護といった問題を考えて見ることにする。

 話はちょっとサヌカイトからそれてしまうが、最近の新聞やテレビを見ていて思うのだが、どうもこのところ古代史上の大発見と言うのが妙に多すぎやしないだろうか。佐賀の吉野ヶ里遺跡の一軒はまだ記憶に新しいが、それ以外でも日本最古の○○とか、最大の○○とかいった発見が、連日のように新聞紙上を賑わしている。ちょっと前まではそうでもなかったのに、最近特に増えてきていることを疑問に思うのは決して私だけではないであろう。

 実は、最近とみにこうした発見が増えてきていると言うことは、ごく、当り前当然のことなのである。と言っても、別に最近の科学技術の進歩によって調査法がよくなってきたからというわけではなく、ましてや人々の関心が高まってきたからよく調査がなされるようなったためでもない。理由はただ1つ、最近の土地開発ブームに伴いどんどん開拓が進むために遺跡に巡り会う機会が鰻登りに増えていると言うだけの話である。そして調査の進んだ遺跡はどうなるのかと言って、九分九厘破壊されるだけなのである。あの吉野ヶ里にしても今でこそ保存されることになったが、調査開始当初は破壊されることが前提であった。あれだけの遺跡ですらそんなものであるのだから、1年間に全国で破壊される遺跡の数など想像するだけで恐ろしくなる。

 こういった傾向は、香川県下においても例外ではなく観察される。ごく身近な例だけでも、瀬戸大橋や四国横断自動車道の建設にともなう調査の数々を思い起こせばすぐに理解できよう。そして、何よりも肝心なことは、その際に破壊されるのが文化財だけに留まらず、自然一般についても及んでいると言う点である。

 これまでに述べてきたように、サヌカイトあるいはサヌキトイドというのは世界的にみても注目すべき岩石であった。そして、風化してこの地域で形成したボーキサイトと言うのは日本で他に例を見ないようなものであった。また、そのサヌカイトを我々の祖先たちはすでに1万年以上も前から道具として利用し生活を続けてきたのである。

 自然にしろ文化財にしろ、なぜそんなにして守らなければいけないかと言うと、我々に対して多くのことを語りかけてくれるからである。我々の知らなかった様々な情報を、自然は、そして文化財は我々に教えてくれるのである。ところがこれをひとたび破壊してしまうと、死人に口なしという言葉もあるように、もう2度と我々に語りかけることはしないのである。今回のこのシリーズでは、サヌカイトという岩石が語るいくつかの物語を見てきた。この機会にもう一度皆さんに、自然保護あるいは文化財保護と言った問題を真剣に考えていただきたいと思うのである。

 サヌカイトが生まれてから、今約1300万年目に当たる。ふと、今から1300万年後の未来のことを考えてみた。そのころには我々の生活はみんな化石である。未来の科学者たちが我々の生活についていろいろと研究することであろう。その際に、研究されても恥ずかしくない、いや彼らに対して誇れるだけの遺産をぜひとも残してやりたいと考えてやまないである。