Mariss Jansons & Bayerischen Rundfunks


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 また音楽モノでスミマセン こもり気味で遊んでないしネタがありません ご勘弁を なんか新車買ったとか 美味しいレストランに行ったとか書き込みたいですがしばらく辛抱かな
 
 Tschaikowsky Symphonie Nr.5 チャイコフスキーの交響曲といったら第6番「悲愴」だ 本当に申し訳ないのですがマリス・ヤンソンス指揮って聴いたこと無かった ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(グラモフォン オーケストラランキング1位)の常任指揮者らしいが ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団と言えば私はヨッフムでした 11月7日五嶋みどりを加えリニューアルされた倉敷市民会館で演奏会が同じコンビで開催され 「とってもとっても良かったから」と 知人からいただいたこのCD ホントに素晴らしい もう車の中でも家でも良く聴いている
 
 「気品と正確さ一体感にあふれた」演奏 重い第1楽章クラリネットが悲しい 第2楽章など涙が出るくらいロシア的美しいメロディと優しい弦に活躍する金管 第3楽章はさすがチャイコだからワルツ 充実の45分間 ちょっとジャケットを見てびっくり演奏録音は2009年10月9日ミュンヘン(本拠地)とある 早 ヤンソンは日本(聴衆)が好きだそうな 第4楽章の迫力正当派交響曲だい 最後も管が大活躍でティンパニが隠れ気味ではあるが はじけてます はい満足 

 全く余談になるが チャイコフスキー5番と言えば朝比奈隆が人生最後に名古屋で指揮した曲 たまに指揮者とオケの関係について考えたりするので(とりあえ社団法人ず瀬戸フィルハーモニー交響楽団の理事だからねえ) とても指揮は出来ない身体の指揮を「最後」を感じて演奏するオケの心や 最晩年のクレンペラーの指揮をね 下はある方の言葉引用です 

 「オーケストラの楽員はかつてオーラを発した偉大な人物への尊敬の念から 全力を傾けて演奏する それはかつてのオーラの抜け殻かもしれないのだが しかしひとつの問いは残る 偉大な指揮者が目の前にいるという圧倒的な存在感だけで なぜオーケストラがかくもまったく別の響きを出せるのかという疑問が これは並の指揮者が逆立ちしても追いつけぬ技だ オーラの放射が「指揮」とどう関係しているのか そこに「指揮」の意味の謎を解く鍵があるように思われてならない」 ですね   

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